(109)トーベ・ヤンソンの読み聞かせ
たとえば京都の宿。トーベとトゥーティ(トーベのパートナーでグラフィックアーティストのトゥーリッキ・ピエティラ)は71年に初めて日本に行っているのだけれど、なかでもテレビ局が招待してくれた京都での宿の体験が「非常に日本的」だったとトゥーティが回想しており、それがどこだったのかとずっと気になっていたのだけれど、長年手がかりをつかめずにいた。ところがクルーヴハルの夏小屋で、いきなり古い歯ブラシを見つけたのだ。開封されていない俵屋旅館の歯ブラシ。クルーヴハルは行くたびに新しい発見がある。なんだかトーベたちが「そろそろこれを見せてみようか」と、見つけやすいところにモノを置いてくれてるような気にすらなる。
7月のムーミンツアーでペッリンゲを訪ねたときのこと。むかしトーベ・ヤンソンが子供のための夏まつりでどんなことをしてくれていたのか、そのときの様子を話してもらった。今はミュージアムになっているかつての島の公民館。前庭のベンチにはトーティが中心になって作ったムーミンの立体模型が並べられていたのだそうだ。今はガラスケースに守られた立派な芸術作品だ。これらの作品は来年5月にオープンするムーミン美術館の目玉のひとつでもある(全作品を一挙展示するのだとか)。当時、島の子たちは自由にその模型を楽しめたわけだ。
トーベはここでスピーチをしたあと、子供たちだけを連れて公民館の中にはいり、部屋の片隅でムーミンの一節を読み聞かせてくれた。子供たちはみな夢中だったという。
これまで何かのテキストと思っていた、トーベ・ヤンソン寄贈のムーミン本の中の紙切れやテキストが、このお祭りのためのスピーチや読み聞かせのテキストだということが分かった。言葉を入れ替えてみたり、大胆に文章を削ったり、新たな文章を入れたり。何分になるかのメモまで几帳面に記されていた。実はこの読み聞かせの様子を動画で見た記憶があるという人がいる。2014年に見つけ出そうとしたものの、結局発見できずじまいだったとか。きっとまた「そのとき」がきたら、さりげなく動画がでてくるような、そんな気がしている。
森下圭子