(114)おもてなし

ヘルシンキ美術館HAMのトーベ・ヤンソンギャラリーは1月27日から展示内容を新しくしています。こちらは『仕事のあとの休憩』という作品。
https://www.hamhelsinki.fi/

 

以前ムーミンの冬ツアーで製菓のファッツェル社を訪れたときのこと。ファッツェルは「ムーミンが大好きな人たちが日本からやってくる!」と、ムーミン的なアイデアを随所にちりばめて、日本からやってきた皆さんを歓迎してくれた。くじ引きはファッツェルでもポスターとして売っているトーベ・ヤンソンが手がけた広告画を縮小コピーしたものを手作りし、誰かの家にあった大昔のムーミン輪投げをもってきて、全員が賞品をもらえる輪投げ大会まで行われた。手作り感満載のチャーミングなおもてなしに、ツアーに参加されていた方々が口々におっしゃっていのが「本当のおもてなしって、こういうことかもしれない」ということだった。まず、自分たちがとっても楽しそうにしているのだ。そんな様子をみたら、歓待される方もどれだけ嬉しい気持ちになるか。

先月ここで紹介したムーミンオペラが初日を迎えた。初日の幕があがる前、コンサートホールの前は、まだかまだかと開場を待つ人たちが列をなしていた。そこからほど近い場所で、忙しそうに動き回っていたカフェの人たち。ふだんは音楽学校のカフェテリアが、ムーミンオペラのカフェになる。カフェで働く人たちの声は、少しずつ高くなっていき、カフェの席について本を読んでいた私の耳にも会話が届くようになってきた。なんて嬉しそうなんだ。

人がウキウキしている様子は、人を幸せにさせる力がある。カフェのカウンターにいってみたら、そこはいつの間にか、ムーミンオペラにぴったりの演出がされていた。ムーミンのお菓子をちりばめてみたり、ムーミンの名言の切り抜きをガラスケースに貼り付けてみたり。「この赤と白の縞々はムーミンママのエプロンよ!」と、カフェの方が話してくれた。準備している人たちの楽しそうなこと。また「本当のおもてなしって」という話を思い出していた。

ムーミンオペラは大歓声と拍手喝采の中で初日の幕を下ろした。2歳の男の子が感嘆の声をあげたり、小さな子供まで夢中になってオペラを観ている。ときおりおじいさんの笑い声も聞こえてくる。老若男女が楽しそうにしているオペラ、そしてそんな観客から力をもらって、後半になるほど舞台は生き生きとし、音楽と会場の一体感も増してくるオペラ。作曲家が、どうしてもトーベ・ヤンソンと組んで作りたかったオペラって、こういうことだったのかなあということをぼんやり考えながら家路についた。

ヘルシンキ美術館HAMでは、トーベ・ヤンソンギャラリーで新しい作品の展示が始まった。トーベ・ヤンソンが、工場で働く人たちの寛ぐ場にふさわしい絵をということで描いた大きな作品。

1945年、戦争で物資が乏しい時代にファイバーボードに描いたトーベの作品は、とてもやさしい絵だった。作品を眺めていると、そこに描かれている人や生き物、鳥、草木までもが、等しく同時に語りかけてくるような心地がした。誰が上でも下でもないこの等しい関係性は、後に誕生するムーミンにも繋がる価値観ではないだろうか。

さてトーベ・ヤンソンギャラリーでは、新しい試みが行われている。それは修復士がその場で修復作業を行うというもの。こんな新しい試みも、改めて「うまいなあ、おもてなし」と思うのだ。今まで知らなかった美術界の一面をこうやって垣間見ることができるなんて。

森下圭子

ムーミンオペラの公演時には音楽学校のカフェもこんな風に変身。ムーミンオペラは2月6日まで。
http://www.konservatorio.fi/fi/konsertit/muumiooppera