(20)ヤンソンの島 その1

冬は湖も海も凍りついてしまうフィンランド。厚い氷がとけ海を船で渡れるようになると、すぐに島へ向かったトーベ・ヤンソン。強い風が北から吹きつけ、空や木々も冬支度を始めるまで、毎日毎日ちっぽけな島で過ごす。嵐がきたら、ボートが出せない日が続いたら…水道も電気もない孤島の小屋暮らしは、私などは想像するだけで不安になる。でもムーミンを読んでいると、不安でなく、そんな暮らしに楽しさと幸せを十分味わっていた感じがひしひしと伝わってくる。

ヤンソンが暮らしていた島のあるペッリンゲという地域は、小さな島があちこちにあって、ヤンソンの島からもまっすぐ延びる水平線を遮るように、ポツポツと小さな島があちこちに見える。ヤンソン一家がペッリンゲで夏を過ごすようになるきっかけとなった家、グスタフションさん宅の子供たちは、通学路の途中でボートを漕ぎ学校へ通っていたそうだ。

小さな島が多いというのは、水面下のあちこちに島になりきれない岩の子のようなのがゴロゴロしているということだ。それらを巧みによけながら、小さなボートでヤンソンが暮らしたクルーヴ・ハルのある沖のほうへ出る。街ではそよ風に感じられる風ですらボートに乗り込むと、海のしぶきがじゃぶん、全身をびしょ濡れにさせるほどに入りこんでくる。そういえば、森の木々のてっぺんが、ひとつ方向へ首をかしげるようにしていたっけ。あれは風のせいだったんだ。

島は岩がちの小さな小さな島。でも、そこまでの道のりで、街とはちがった自分のアンテナを少しずつ敏感にさせていくのだ。ほんのすこしの風の向き、流れる雲に見え隠れする陽の色、かもめ、海の水の冷たさ。自然のひとつひとつに自分の五感が研ぎ澄まされていく自分の変化に気付いた頃、ふと目に入るのがこの島なのだ。小さいけれど揺るぎないどっしりした小屋、水色とこげ茶で彩られた控えめな色だというのに、その明るさの強烈なこと。

フィンランドでは大人もゆっくり夏休みに興じる7月。今年もまたこの島で、ムーミン好きの誰かが、丁寧に、そしてこれまで培われてきた生き生きした島の息吹を受け継ぎ育てていくようにして暮らしている。今年も大勢の予約でいっぱい、大人気だ。

次回は小屋にある小物や手作りのあれこれの話を。

森下圭子

トーベが過ごした夏の小屋。大きな大きな大統領邸を手がけた建築家レイマ&ライリ・ピエティラの、たぶんこれが一番ちいさな住まい。
棚の片隅で、この子にお目にかかれるなんて。クルーヴ・ハルには、今でもトーベたちが暮らしていた頃の名残がこんな風にある。