(3)ムーミン、国立劇場に登場

PRのためだけにオリジナルのムーミン人形をフェルトで作っちゃいました。おまけにトーべの夏の地、クルーヴ島にまで連れていって、ポスター撮影したフィンランド国立劇場。相当な力の入れようだ。こんなに頑張られると、なんだか観る方まで力が入ってしまうではないか。サウナにでも入ってリラックスしておかなくては。ところが公衆サウナの中のおばあさんたちときたら見事なムーミンワールドっぷりで、観劇前にますます気合が入る結果になってしまった。
ムーミン劇はフィンランドで人気のレパートリー。70年代中ごろからは、毎年どこかで上演している。衣装も劇場間で互いに貸しあったりしているとか。けれども今回のムーミン劇は力の入り方が違う。ムーミンの着ぐるみも何もかも、このために国立劇場がオリジナルを用意した。

今まで見たムーミン劇はパントマイムのような着ぐるみの動きにスピーカーから解説付きの声が流れるだとか、役者が着ぐるみの頭をスッポリ脱いで「頭は人間、体はムーミン」とか…今回はどうくるか。これが斬新。人形劇と着ぐるみ劇が融合している感じ。ぬいぐるみを抱えた役者たちと着ぐるみが、同時に舞台に登場するのだ。着ぐるみのセリフもこの役者たちが担当する。着ぐるみたちの動きも激しくて、短い足ながら急な坂や階段も情熱をほとばしらせて走って転がっていた。

今回は『ムーミンパパ海へ行く』を忠実に舞台化してくれている。言葉がわからなくても激しい動きのおかげで分かりやすいし、原作を読んでから観れば大丈夫、きっと。ムーミンの世界だけでなく、自然と光に敏感なフィンランド人らしい照明も見ものです。上演は5月末まで。この期間にフィンランド旅行をご予定の方がいらしたら、是非ご覧ください。おすすめです。年間の観劇回数が世界のトップを競うというフィンランドでお芝居を見るのもいいフィンランド体験になるし、フィンランドの人たちのムーミンに対する眼差しも伝わってくる。

私が観たその日、隣には小学生の女の子とお母さんが座っていた。お菓子の袋をビリっと破いたと思ったら、凄い勢いで食べだした母娘。袋に手を突っ込んで口に運ぶことが機械じかけのようになっていた。止まらないチョコレート食い。舞台に夢中になりすぎて、他に気持ちが回っていない。チョコへの自制心が完全に失われてしまったようである。きっと後で反省しているだろうな。お母さんの手から滑って転がったチョコ。気になる。私の足元にポツンと佇んだチョコは、気合が入りすぎていた私をいい具合にほぐしてくれた。

森下圭子

力の入った宣伝活動。背後にはトーベ・ヤンソンの夏小屋が。「宣伝隊はこれを口実にクルーヴ島へ行きたかったんじゃないか」なんて、ちょっと思ってしまう。この島に行ってみたい人がフィンランドには沢山いるのだ。
着ぐるみのそばで黒子のような役者さんたち。着ぐるみの声をやったり、ぬいぐるみをもって人形劇をやったり。ときにはムーミンの手をひいて一緒に駈けずり回ったり。
写真提供:フィンランド国立劇場/Suomen Kansallisteatteri
撮影:レーナ・クレメラ/Leena Klemel