(123)建築家とムーミン屋敷
トーベ・ヤンソン生誕100年の記念年に、何人かの識者たちでパネルディスカッションするイベントがあった。そのうちの一人が建築家で、なかなか面白い観点で、みんなが妙に感心していたことを覚えている。
その建築家による市民向けレクチャーがあるという。建築家の名はミッコ・ヘイッキネン。フィンランド建築が好きな人なら、耳にしたことのある名前かもしれない。フィンランド獅子勲章も受賞している、国を代表する建築家だ。
子供の頃、母親がムーミンが出るたびに次々と買ってくれ、小さな頃からムーミンに親しみ、ムーミンが大好きだったという。所蔵するフィンランド語版の初版本には、楽しそうな落書きがしっかり残っていた。
その落書き、ムーミン谷の地図にいたっては、ニョロニョロの島へ行ってからおさびし山に向かうなど、自分なりの探検ルートの線がひかれている。レクチャーを聞きにきた人たちは、地図に書き込まれた落書きを見ながら、「建築家の片鱗みたり」と妙に感心しているようだった。
ヘイッキネンによると、ムーミンの物語のなかで、家の話はそんなにされてはいないという。また複数の本を並べて挿絵をよく見てみると、ムーミン屋敷の姿も違う。さらにムーミン屋敷の見取り図。一階には「階段」とあるのに、上の階に階段が描かれていない。つまり見取り図通りに考えると、階段はあれども階段はどこにも続いていなくて、2階に行くには窓から入るか、階段でない手段を考えなくてはならなかった。変幻自在、のびのびと描かれるムーミン屋敷。そしてヘイッキネンは考えた。
ムーミン屋敷は、家をバックグラウンドとしてでなく、登場人物のひとり的に考えるべきなのではないか、ということだ。
ヘイッキネンは、私はムーミンの専門家ではないからと断りながらも、建築家の直感でこんな話をしてくれた。『ムーミン谷の冬』あたりから、屋敷が一層いきいきと生き物のように描かれているんですと。
『ムーミン谷の冬』は、パートナーのトゥーティと出会った影響がよく表れている作品でもある。また作品のトーンが一内面の成長物語など、これまでとは違うものになった転換期でもある。さらにトゥーティの弟は鬼才と呼ばれた建築家だ。このあたりで建築についての考え方に、何か変化があったとしても不思議ではない。
図らずも、ムーミン美術館のフィンランド語版音声ガイドには、通常の解説のほかにムーミン屋敷が語り部となるガイドがある。
ムーミン屋敷は登場人物のひとりである。そんな視点で読んでみると、ムーミンの物語から、また違った面白さがでてくるのではないでしょうか。読書の秋にぜひ。
森下圭子