(30)毛皮好きの少女

雑誌のムーミン取材をしていると、実際には紹介されない小さな話がいくつも残る。今回はフィンランド発のこぼれ話を。

トーベ・ヤンソンの原画は、多くがタンペレ市立美術館の保管庫に納められている。ムーミンシリーズの中では、『ムーミン谷の11月』に関する作品数がすごい。作品として完成しているにも関わらず、本の挿絵として使われることも、人の目にふれることもないままの作品がとても多いのだ。なんとなく似ていながら、どこかやっぱり決め手が大きく違う作品もあれば、ぱっと見た印象はそっくりというのがいくつもあったりして。ただこの頃は、用いる画材に揺るぎがない。

それに比べて初期の作品は水彩など、いろいろ試している。大きな理由は印刷技術。ムーミンの初期といえば、フィンランドがまだ貧しかった頃だ。おまけに当時の本は紙の質ひとつとってみても、「こうきたか、今回は」みたいな感じ。なんとも不安定なのだ。何を用いてどう描く挿し絵が最適かを試しながら、やがて自分のスタイルを確定した…そんな過程が残された作品から垣間見られるという。その紙を使ったことも、そのサイズを選んだことも、そのペンで描いていることも、「当時の印刷技術の中で一番いいムーミン世界を表現するため」だったんだろうな、と思う。小さな小さな原画に向き合っているとじわじわと伝わってくるトーベのペンづかい、息づかい。制限された印刷技術の中で最大限の効果を得るため、素材の扱いかたや質感を考えることは表現する上で、トーベにとってとても大切なことだったんじゃないかと思う。

素材へのこだわり…そんなことを想像してしまうきっかけは、ウェスティン教授の分厚い分厚いトーベ・ヤンソン本(評伝)かもしれない。ウェスティン教授はトーベ・ヤンソンが本当に信頼していた人だった。それこそ個人的な手紙や日記も含め、全ての資料を自由に見せてもらえた唯一の人と言われている。実は私、教授ということに緊張し、伝記500ページ強(フィン語版)の著者というのにビビり、インタビューすることが決まってからどうしたものかとおどおどしていた。さらに個人的なことを言えば、まっ黄色だった髪を黒く染めなおしたほどだ。そしてあまりの分厚さに見なかったことにしていた本を慌てて読み始めた。

読み始めてびっくり。しょっぱなから痛快で楽しいエピソードが満載なのだ。トーベの繊細な、豪快な、情熱的な、作品に限らず人間としての厚みや魅力も含めてさまざまな面が紹介されている。

ウェスティン教授はとてもチャーミングで、おしゃべりさせていただくうちに、とあるエピソードの話になった。本にも登場した、トーベ15歳の夏のエピソードだ。

トーベの自画像には毛皮が出てくる。前から毛皮がお気に入りだった。14歳の頃、トーベは毛皮の端切れみたいなのを集めてきて、それをあわせてズボンを縫った。違う動物のてんでばらばらな色や形をつなぎ、冬のあいだ熱心に縫い続けて完成させたズボン。そして夏がきて、その格好で、彼女はあちこちの島に暮らす人々に目撃されながら、ペッリンゲの群島地域をボートで一周した。毛皮ズボン少女。本人は、そのゴキゲンな感じをいっぱい絵にして残している。毛皮の、その質感がなんとも心地良さそうだ。いろんな毛皮を縫い合わせたズボン、さらに夏に毛皮だなんて、ゴージャスというより強引というか。なんかその突拍子もない感じも、情熱も、サマも、想像すればするほど、ムーミン谷のあんなキャラこんなキャラが浮かんでくる。
森下圭子

ヘルシンキ市内のムーミンショップ2号店がオープン!FORUMというショッピングモールの2階。ここでは子供向けのムーミングッズを主に扱っています。あとはお土産にもよさそうな小物も。

お店は午前9時から平日は午後9時まで、土曜日は午後6時まで(日曜お休み)。5月5日にオープンしたばかりですが、FORUM(フォルム)といえば、すぐに地元の人たちが道案内してくれるはずです。