(8)なつやすみ

フィンランドの首都ヘルシンキは夏休みモード全開。小さなお店は軒並み長期お休みの紙を貼って閉めてしまっているし、会社の中もがらんどう。大人だって4週間の夏休み、そのかわりに、学生さんたちがアルバイトで盛り上げてくれている。
ムーミンワールドのような夏限定の場所であれば、もちろん無休でやってくれているし、美術館や博物館といった海外からの観光客を見込んでいるところでは、フィンランドの注目どころに的を絞って紹介している。

こんな7月の夏休みシーズンに縛られずに、海の氷がとけたら夏の暮らしを開始していたのがトーベ・ヤンソンだ。つるんとした岩がちの小さな島のうえにポツリと建つ小屋…そんなハル島の姿は、今までにも写真やテレビで紹介されているので、見たことのある人も多いと思う。

小屋は一部屋だけの質素なもので、その一部屋でご飯も作るし、創作活動もすれば、寝るのもそこ。四角い小屋のそれぞれの壁には窓があって、陽の沈まない白夜の季節は、時間によってそれぞれの窓から表情を変えては陽が差し込んでくる。遠くの稲妻の眩しさ、嵐で窓をたたきつけてくる雨や風の音はお腹に響いてきそうなほどだ。自分の日々の暮らしが一つの空間にあって、そこに自然の息吹が入り込んで混在している。この混ざり具合が本当に心地いい。飲料水が思うように手に入らない生活に慣れていない私にしてみれば、水の心配がいつでも頭の中をぐるぐるしてしまうのだけれど、それ以外はなんとも豪快で楽しい生活。

一度だけ、ここの地下にひっそり隠れるサウナに入ったことがある。サウナの後に海へ入って泳いだりしながら、心躍りまくりだった日。素っ裸で潮の香りを浴びながらゴシゴシと外で体を拭いていたら、一隻の船が10人ほどの人を乗せて島へ近づいていた。当たり前のようにぐんぐん近づいてくる船。もう、はっきりと向こうの顔が見える…ということは、裸でゴシゴシもしっかり見えてしまっているだろう。焦ったのなんのって。

ハル島は現在、借りて暮らすことができるので、小屋に宿泊していた人たちの日々の記録がたくさん残されている。これを読んでいたら、まあ、皆さんいろんな珍客に遭遇されているようだった。

夏休み、この時期はきっとムーミン詣でのように、この島を見に行く人たちが増えているかと思う。フィンランドでは森でじっくり派がいながら、夏の日々を海や湖を次から次へ、ボートやヨットで移動し続ける渡り鳥派も多いのだ。

森下圭子

 

ハル島。こんなに小さくてひっそりしているところを、よく見つけ出すもんだ。珍客を目の当たりにし、びっくり。渡り鳥派には有名なスポットなのか。
10年前のキッチンの様子。今でも調理器具はトーベたちが使っていたものがそのまま残っている。手前のピンボケなイスは、小屋の中央に鎮座する揺りイス。