(64)フィンランドのムーミンたち

ムーミンワールドのムーミンとミイと一緒に行った日本は、いつにもまして好奇心と新しい冒険が詰まっていた。「こんにちは」「ありがとう」という基本的な言葉を覚えながら、フィンランド語の別れの言葉「モイモイ!」をいつの間にか教えていて、東京を「まるで蟻塚にみたい!」と言っておきながら、その人ごみの中に嬉々として飛び込んでは一緒に写真をとったり抱きついたり、楽しそうにしている。大都市の人だらけの風景に呑み込まれていくように見えながら、結局はムーミンとミイが人々を巻き込んで楽しくやっているように見え。迷子になることも遅刻することもないしっかり者のムーミンとミイだけど、タクシーの中で元気に歌をうたい続けたり、人に親しみを込めて日本では世界一まずいと言われている黒い飴サルミアッキを差し出してみたり(本人たちには大好物だから)。かと思えばお店でみかけた「奇妙な姿の日本の食べ物」を次々とかごにいれて大試食会をしていた。どれもおいしかったらしくて、ムーミンママにも教えてあげるそうだ。

ムーミンワールドのムーミンとミイたちに日本で繰り広げられているキャラクターのショーやコミュニケーションのとりかたが、自分たちとはどう違うか聞いてみた。するとキャラクターたちの身振り手振りがとても厳密に決められていて、細かいところまで振りが慎重に考えられていると思ったという。繊細な気持ちが振りの中にしっかり記号化されていて、大きく優雅に体が動く。ああ、人が多いからこういう形をとるんだなと思ったそうだ。つまり大勢の中で少しの距離をとりながらも近さを振りで感じてもらう。決して近づきすぎないで近さを表現する工夫がなされているというのだ。

ムーミンワールドではムーミンたちが風景の一部のように一日中あちこちを普通に歩いていつ。いつもそう暮らしているようにいるキャラクターたちというのは、出会ったその人その人によって、また演じる人によって近づき方も違えば気持ちの伝え方も違う。こうしてムーミンワールドのキャラクターたちは、厳密な身振り手振りを学ぶのでなく、基本的なところだけは絶対にぶれないようにしながら、人ひとりひとりとの出会いをどうやって誠実にうけとめ素直に気持ちを伝えるかを自分なりに身につけていくしかない。ムーミンワールドにやってくる人たちは、お客さんとして遊びに来るというより、ムーミン谷の住人になりにくるといったほうがいいのかもしれない。

話しは戻ってムーミンとミイの東京での日々を眺めながら、これって自分たちの日々の暮らしにも大切なことだなあと改めて思った。ムーミンワールドのムーミンとミイは、知らないうちに東京の街すらムーミン谷のように見せてくれた。どこに暮らしていても、周囲の波にあっという間に呑み込まれていきそうになっても、少しの工夫や好奇心、冒険を楽むそんな気持ちで、そこはいつだってムーミン谷になるのかな、なんて思う。

森下圭子

春がすぐそこまでやってきた晴れの日。

凍てついた海の上で眺める春先の太陽。