(97)クルーヴハル、巣立ちのとき

klovharu
クルーヴハルの特製マッチ箱

 

トーベ・ヤンソンの夏の島として知られるクルーヴハル。ここには今年も多くの鳥が卵を産みにやってきた。6月、岩の窪みや島に点在する茂みで鳥たちは卵をあたため、そこに小さな命が芽生えた。6月は白夜の季節といいながら、実はこの時期を島で暮らす人たちは外でゆっくりできない。親鳥たちが神経を尖らせていて、アジサシなどはいつでも頭をつついてくる勢いで、人の周りを飛び回っているからだ。

7月はひな鳥たちがすくすく育つとき。島が一般の人たちにも公開される1週間のときに行ってみたら、ふわふわ毛の雛たちが岩の上をちょこちょこ歩いたり、一生懸命に泳ぐ練習をしていた。アジサシ、かもめ、白鳥、鴨、雁…いろんな鳥が小さな島のあちこちで暮らしている。毎日少しずつ新しいことを学んで大きくなる鳥たちの姿は、別段鳥が好きなわけではなくても、妙に情のわく光景だった。

8月になり、クルーヴハルに北風が吹いた。見上げた空が静かで、陽の光や匂いもどこかよそよそしい朝だった。それは紛れもなく秋の気配で、近くの島の漁師は「この風は秋だな。北風なのに暖かい。ここではこうして秋が始まるんだ」と話してくれた。静かなのは空だけでなかった。

それは北風が吹いた2日前のこと。トーベ・ヤンソンの101回目の誕生日の翌日だった。だいぶ大きく育ってきたかもめたちが、一斉にいなくなったのだ。いつも水際でちょこちょこしている気の弱そうなかもめの子と、ひ弱な鴨の子一羽と親を残して、かもめもアジサシも雁も鴨も、みんないなくなってしまった。いよいよ巣立ちの日だ。そして北風が吹いたその日、すべての鳥が飛び立った。

これからは別の小さな鳥たちがやってくる。キタヤナギムシクイが島のハマナスの茂みでさえずるようになる。

クルーヴハルの夏小屋には古い鳥図鑑がある。トーベたちが見つけた鳥のところに日付を印すようになってから、今でも細々と続いているクルーヴハルの伝統だ。刻々と変化を続けるクルーヴハルの、貴重な記録のひとつでもある。

森下圭子

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北風が吹いた前の日の、クルーヴハルから眺めた夕日