(110)45年前の思い出

snufkin
71年、トーベ・ヤンソンが初来日時に8歳のフィンランド人の少女のために描いたスナフキンの絵

 

秋晴れの美しい日。待ち合わせまでに2時間あるしと町をあてずっぽうに歩き回った。不思議なもので、もう何年も歩いていなかった通りにたどり着き、目の前に見えた病院の名前で思い出した。そこはトーベ・ヤンソンが最晩年を過ごし息をひきとった病院だった。それを思い出すと、足は自然と墓地に向かっていた。墓地の教会には人が集まってきている。誰かのお葬式だ。私はそっとトーベのお墓の前に立ち手を合わせて、少しずつ目的地に向かった。

2週間前、私は通訳をしていた。その施設長が、「本当は日本からのお客さんだから是非見ていただきたいものがあったんだけど。でも残念ながら本人がいないので…実は父親が外交官で大使として日本に…」私はすぐに何のことか分かった。

この人だ。私がずっと探していた人だ。トーベ・ヤンソンが初来日した71年。当時の駐日フィンランド大使がトーベとトゥーティを招待して大使館員たちで歓迎会をしたことがあった。聞くところによると、そこでトーベは何枚かムーミンの絵を描き、大使館員たちがもらっていったという。さらに大使の娘さんたちが小学生くらいで、彼女たちはトーベに絵を描いてもらっていたという。娘さんたちの名前までは分かったものの、私は彼女たちの現在の手がかりがつかめないままでいた。

まさか、こんな形で私が探していた人の今にたどり着くなんて。

かわいらしい女性だった。50代前半だけれど、14歳で時がとまったように、彼女は無垢で可憐だった。やさしい声で素直な言葉を紡いでいく。嬉しそうに日本で過ごした13ヶ月のことを話してくれた。14歳で時がとまったようだからなのか、それ以前の思い出をまるで昨日のことのように語ってくれた。札幌のオリンピックでのこと、しゃぶしゃぶ、天ぷら、富士山、学校のこと、そしてトーベと会ったときの印象も鮮明に覚えていた。

彼女の丸い目がさらにくりくりっと大きく輝いたとき、ああトーベのことを思い出したんだと思った。彼女は、優しい声でトーベを初めてみたときのこと、トーベが部屋にはいってきた瞬間のことを語ってくれた。

とても感じのいい人だったの。感じがよくって。っていうよりも、共感、分かってくれるという感じ、そう共感っていったほうがいいわね。シャイな人だっていうのが丸わかりなくらいシャイな人なのに、存在感が抜きん出てるの。すぐにこの人がトーベ・ヤンソンだって分かった。それくらい、存在感がまったく他の人たちと違っていたの。

私たちは一緒に絵を見た。フィリフヨンカさんはいつもよりハイヒールが目立っていて、スカートのなびきかたも素敵だった。ああ、これが8歳の女の子に描いてあげたトーベの絵なんだなあと思った。フィリフヨンカさんの細かいところに見受けられる女子力の高さやおしゃれポイントを見つけ合ってはひとしきり笑い、続けて彼女はミイの絵を指さして「私、大好きなの、ミイが」と話してくれた。私はムーミンの絵を指さして「私は年々この子みたいになっていくのよね」なんて言い合って。

この3枚の絵が、トーベが8歳の女の子の目の前で、彼女のために描いた絵だった。ところがトーベは何を思ったのか、別の紙をとってきて、また絵を描き始めたのだそうだ。それがスナフキンだった。それは少し子供の風貌のようでもあり、そして他のキャラクターよりも細かく描かれていた。トーベは彼女を見ていて、何かを感じとったのだろうか。当時少女は8歳、でもトーベは、14歳で起きることを予感するように、この8歳の少女に何かを見ていたのかもしれない。

スナフキンは旅に出る。私には「逃げることも、その場を去ることも、あなたの人生にあっていいのよ」というトーベから8歳の女の子へのメッセージのように思えなくもないのだった。トーベは、この少女に何かを察知し、彼女の何かが分かり、静かに絵の中にメッセージを込めたのかな…なんて。季節はちょうどスナフキンが旅に出そうな頃、だからかもしれない。だから特にこんなことを考えてしまったのかもしれない。

森下圭子

muumitee
ムーミングッズの幅広さ。お茶の時間がすべてムーミングッズでまかなえるほどに。茶漉し、はちみつ、フレーバーティー。