戦争のおわりとムーミン物語のはじまり
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1939年、戦争の冬のことです。仕事はぱたりといきづまり、絵をかこうとしてもしかたがないと感じていました。
『むかしむかし、あるところに』という出だしではじまる物語を書こうと思ったのも、むりのないことかもしれません。でも、王子さまや、王女さまや、小さな子どもたちを登場させることはやめて、そのかわりに、風刺まんがをかくときサインがわりにつかっていた、怒った顔をしたいきものを主人公にして、ムーミントロールという名前をつけました。
とちゅうまで書いた物語は、1945年になるまで、そのままほったらかしになっていました。ところが、ある友だちがこう言ったのです。これは子どもの本になるかもしれない。書きあげて、さし絵をつければ、出版できるかもしれないよ、と。
頭をひねったあげく、本のタイトルは、「パパをさがすムーミントロール」――――――「キャプテン・グラント」の探求物語がモデル――――――のようなものにしたかったのですが、出版社は「小さなトロール」を入れたほうがいいと言いました。そのほうが読者にわかりやすいというのです。
この物語は、わたしが読んで好きだった、子どもの本の影響をうけています。たとえばジュール・ヴェルヌやコローディ(青い髪の少女)などが、ちょっぴりずつ入っています。でも、それがいけないということはありませんよね?
とにかく、これはわたしがはじめて書いた、ハッピーエンドのお話なのです!
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トーベ・ヤンソン 冨原眞弓訳
(講談社ムーミン童話全集『小さなトロールと大きな洪水』 作者序文より)
1945年、長かった戦争はようやく終わりました。戦後の混乱の中、後に世界を席巻するムーミンシリーズの第一作『小さなトロールと大きな洪水』は、粗末な装丁でひっそりと出版されました。ムーミントロールの母子が、失踪してしまった父を捜す道のりを描いた物語です。表紙を入れても48ページしかない小冊子で、本屋ではなく駅の売店や新聞スタンドに並べられたといいます。