雨とムーミン
6月といえば、日本は梅雨のまっただなか。一方、ムーミン谷はというと、緑と花々があふれ、太陽の光が優しく降り注ぐ……そんなイメージをもっている方が多いことでしょう。確かにムーミン谷はおおぜいの小さなものたちが楽しく暮らす、春夏は穏やかな気候の土地ですが、実は何度か、試練に見舞われてきました。特に、たびたび登場するのが、大雨や洪水。小説『ムーミン谷の夏まつり』では火山が噴火して洪水がおこり、ムーミンやしきが水に浸かってしまいます。ムーミンバレーパークのアトラクションのモチーフになった、小説『ムーミン谷の仲間たち』収録の短編「しずかなのがすきなヘムレンさん」も、大雨がきっかけでヘムレンさんが遊園地を再建することになるお話。コミックス「恋するムーミン」では、長雨が続いて、サーカスの人たちがムーミンやしきに避難してきました。
ムーミン小説の第1作は、題名もずばり、『小さなトロールと大きな洪水』です。今回はムーミンシリーズの原点である、この作品をご紹介しましょう。
ムーミンママとムーミントロールは、冬がやってくる前に暖かい住みかを見つけなければと、旅をしていました。ムーミンパパはニョロニョロといっしょにどこかに行ってしまって行方不明。ふたりは森のなかで、こわがりやの小さな生きもの(このときはまだ名前がありませんでしたが、のちにスニフと呼ばれるキャラクター)と出会います。心細い思いをしながら、南へと進む途中、雨が降りはじめ、あたりは灰色にくすんでしまいました。どしゃぶりの雨が降り続き、三日目にはますますひどくなって、水かさは増える一方。前に進むのも、だんだんと難しくなってきました。ムーミンママは流れてきた籐いすを船の代わりにして、なんとか前に進もうとします。一方、離ればなれのムーミンパパも、家族のことを忘れていたわけではありません。みんなで住むためのすばらしい家を自分の手でこしらえていたのです。ところが、その家も洪水によって流されてしまいました。はたして、家族は再会することができるのでしょうか……。
『小さなトロールと大きな洪水』は1945年、第二次世界大戦終結の年に出版されました。戦時中、絵を描けなくなったトーベは救いを求めるような気持ちで、子ども向けのお話を書いたそうです(こちらで当時のことを綴った作者序文の一部をお読みいただけます)。薄い冊子のような本で、書店ではなく駅の売店などで売られ、部数もごくわずか。あまり話題になることなく、そのまま絶版になってしまいました。そのため、長く、幻の作品とされてきたのです。
のちに、ムーミン人気が高まり、第1作を読みたい!という要望が高まりました。トーベは『ムーミン谷の彗星』などの初期の作品を何度も改訂し、作品のクオリティを高める努力を惜しみませんでしたが、若さゆえの勢いがあり、執筆当時の思いの詰まった第一作を、うまく描き直すことができなかったといいます。1991年、序文を添えるだけで、中身は初版当時のままに、『小さなトロールと大きな洪水』再版。翌1992年には、日本語版(講談社刊/冨原眞弓訳)も発売されました。
この本の挿絵のムーミンたちは、今のかわいらしい姿とはかなり違っています。お話全体のトーンもけっして明るいわけではありません。でも、最後はハッピーエンド! そして、第二作の『ムーミン谷の彗星』へとつながっていきます。建てられた当初のムーミンハウスの様子、ムーミンたちがムーミン谷で暮らすことになった経緯なども知ることができますよ。お出かけがちょっと億劫な雨の日に読めば、雨に困らされるムーミンたちの気持ちに、より深く共感することができるかもしれません。
萩原まみ