(185)孫への遺言【フィンランドムーミン便り】
ムーミンの氷の洞窟は氷がとける頃、来年の4月1日にオープン予定
10年ぶりくらいだろうか。今年は日本でクリスマスを迎える。だから、なんの準備もしなくていい。クリスマスは楽しみな一方で、それほど面識のない人たちにも届けるプレゼントの準備が相当プレッシャーだったんだなと改めて感じている。クリスマスに雪がないことを嘆くことが増えた21世紀にあって、この冬は12月の中頃に大雪が降った。みんなさぞかし喜んでいるだろうと思いきや、ヘルシンキでは交通網が大混乱して人々の不満や怒りが大変だと便りが来た。でも、島に暮らす友人たちの送ってくれる写真は、どれも美しかった。雪かきも大変だろうけれど、人が踏み固めたり雪かきしたりした雪道を仔鹿が歩いている写真などを見ると、過酷な自然の中で仔鹿の野生が人と共存することを選んだように思われ、キュンとしてしまう。
プレゼントといえば、今年とても印象的だったのは友人の近所に暮らす老夫婦だった。私がムーミンの研究をしていることを知り、見せたいものがあると呼んでくださった。行ってみるとキッチンのガラスケースにアラビアのムーミンマグが並べられていた。100個近くありそうだ。ムーミンマグがブームになるずっと前からのマグも並んでいる。婦人は両手にマグを取り、くるりとマグの裏を見せてくれた。そこには拭けば消えるマジックで、孫の名前が書かれていた。なんでもこれが孫へ相続する遺産なのだとか。
フィンランドでは戦時中、貨幣価値の大きな変動を恐れ、多くの人が絵画を購入したとトーベ・ヤンソンの評伝に描かれている。価値が不安定なお金を持っているより、絵画として持っていた方が安心というのだ。マグという資産はそういうことなのか?
マグの裏に書かれた名前を見ていたら、それを受け取る子どもたちの顔が浮かんでくるような気がした。例えばルミは勇気があって冒険が大好きな女の子だ。案の定、マグの配分は、均等な数であることとキャラクターやマグに描かれている物語の性質を考慮しているのだと婦人が話してくれた。ムーミンマグがいくらの価値があるのかを紹介しているアプリもあるけれど、そういうことでなく、そこにはおばあさんが孫たちに寄せる思いがマグに込められていた。
12月といえば楽しみにしていたムーミン氷の洞窟。いつもは12月26日にオープンしていたのだけれど、今回は氷のムーミンたちもしっかり冬眠をし、春の兆しとともに登場するのだそう。これまで以上の規模になるというムーミン氷の洞窟。ムーミンたちの世界を氷の彫刻で表現する氷の洞窟は、来年夏のお楽しみスポットになりそうだ。
日常使いだったムーミンのマグ。今では孫のために買い揃えている
森下圭子
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