(203)想像力、そして馬と情熱【フィンランドムーミン便り】
馬に乗っているのは作者本人、つまりトーベだという
トーベ・ヤンソンの『彫刻家の娘』を読むと、彼女が想像力の豊かな子どもだったと証言する人たちの言葉を裏付けているような話がいくつも出てくる。同時に、トーベが夏を過ごした群島の人たちと話をしていると、彼らにとっても大切にしていることの一つが想像力だと感じる。たとえば犬を飼ってもらえなかった女の子が想像で犬と一緒に暮らし始め、学校のお友だちもその犬と一緒に遊んでくれたとか。
そういえば先月紹介した壁画の中で、トーベは自身を描き込んでいる。馬に乗った女の子がそれだ。絵のことを思い出したのは、馬の頭に棒がついたホビーホースに跨った女の子たちが、楽しそうに、そして全力で乗馬しているのを見た時だった。ホビーホースはフィンランド発と言われていて、今では世界のあちこちで大会も開催されるほか、お友だちと遊んだり、森の中を一人ホビーホースで乗馬していたりもする。店に行けば売っているけれど、自分で作るのも楽しいし、今ではホビーホース作家もいる。そういえば、コロナ禍のリモート授業でホビーホースを作ったという女の子に出会ったことがあった。
フィンランド最大のホビーホース大会に行ってみたら、入場のために会場の建物を囲ってしまいそうなほどの長蛇の列が続いていた。よく見てみると、リュックがムーミン、リフレクターなどムーミンの小物を身につけている子どもたちも多い。一緒に来ている大人たちの中にもムーミンの服やカバンの人が多くて、なんだかそれが嬉しかった。少女たちは列に並んでいる時だってホビーホースに跨っている。競技に参加するしないに関わらず、だ。いまでは21か国から競技の参加者がやってくる。ホビーホースは馬が大好きになる子たち(なぜか圧倒的に女の子たち)の年齢層と重なっていて、小学生の女の子たちまでが大会ボランティアとして会場の設営をやっていた。外国から参加する子どもたちや同行している大人たちも手伝う。すべてが手作りで、トラックの荷台分くらいの花を手分けして摘んできて、ルピナスなど野の花や白樺で会場を飾る。試合に厳しいきまりはなく、使うホビーホースもサイズに始まり自作か買ったものか問わない。
細かいきまりを作らず、ホビーホースを愛してやまない子どもたちや若者たちが自分たちにちょうどいい規模で大会を運営する。人は自然と集い、そうやって集まったのが競技者と観客合わせて2000人の大会だった。ここには103もの販売ブースもあり、新たに買ってもらったホビーホースに跨る子どもたちと古いものをリュックに差す親たちが行き来する。競技を行うところだけでなく、訪れた人たち皆がトライしたり練習できる場所もある。ホビーホースに夢中な女の子たちの憧れのお姉さんたちもいるけれど、でも、ここでは皆が好きなように乗馬を楽しんでいた。またホビーホースはどこででも乗馬できる。アイスを買う列を待ちながらジャンプとか。使い古して穴が開いた毛糸の靴下で作ったホビーホースも作家ものも、どちらも愛おしい。何よりも大切なのは、私たちが乗馬を心から楽しんでいることと、そこが自分らしくいられる安心安全な場所だということ。
少女たちが跳びはねると風景が変わった。そこはもう草原だ。走るスピードで草原の匂いも風の冷たさも変わった。激しいジャンプの決戦を眺めていると、ホビーホースが空を翔けるように見えた。彼女たちの情熱と想像力で、私の想像力まで刺激される。そしていくつもの風景の中であっという間の時間は過ぎた。少女たちが厳しいルールや決まり事を作らず、堅苦しい組織づくりをしていない大会だからこそ実現できているのかもしれない。私がムーミンを好きなのも、ムーミンがきっかけでフィンランドに来て30年暮らしていることも、目の前のホビーホースに夢中になったのも、根底にある理由は繋がっていると思った。
競技者でなくてもホビーホースに跨って会場や町を行き来する子どもたち
森下圭子