(204)灯台の島【フィンランドムーミン便り】

『ムーミンパパ海へいく』の舞台になったといわれる灯台の島、ソーダーシャール

 

久しぶりにソーダーシャールへ行った。『ムーミンパパ海へいく』の舞台になったといわれている灯台の島だ。トーベが子どもの頃はまだそこに灯台守がいた。子どもの頃は灯台守になりたかったというトーベ。ムーミンやしきのモデルになったのは、このソーダーシャールに灯台が建つまで使われていたグロースホルム島の灯台だという。このグロースホルムの灯台は、人々を導くどころか、人々をトラブルに巻き込んだと言われており、灯台としての役目をあっさり終えてしまう。建物自体は光を放っていたてっぺんの部分をとんがり屋根にすげかえたのみで残され、それがムーミンやしきの姿にそっくりだったのだ。

ちなみにこのとんがり屋根の元灯台は第二次世界大戦時に標的になることを恐れて取り壊されており、今は土台部分をほんの少し残すのみ。トーベが子どもの頃はトンガリ屋根のムーミンやしきのような建物があった。今は群島ペッリンゲで水上タクシーとしてボートを出してくれる人が増えたので、興味があれば、グロースホルムに行くことができる。

フィンランドには灯台としての役割は終えたものの、観光用に中を見学できるところがいくつかある。中でもソーダーシャールはヘルシンキから定期船で行ける手軽さもあって人気だ。フィンランドでもなかなか見かけることのないホンケワタガモが春から夏にかけて多く生息することから、雛たちが巣立つくらいまでは定期便や特別な許可がない限り島に上陸できない。島の灯台は所有者が代わり、この数年は島の印象も随分変わってしまった。かつて人が住んでいたところというのは、人の入れ替えや、人がいるかいないかで随分と印象が違う。前の所有者のときは灯台を修復したり、灯台守たちが暮らしていた建物がカフェになったり宿泊施設になっていたし、サウナも使われていた。一人がアコーディオンで演奏を始めれば、私たちは歌を歌ったり踊ったりもした。自然と人が集まり、そこはいつも活気があった。

久しぶりのソーダーシャールは、島に誰もいなかった。定期便が先に立ち寄った別の島ではキャンプもできるしペットも連れていけるしバーベキューも楽しめればカフェもあった。そこでほとんどの人が降りたので、ソーダーシャールに上陸したのは私を含めて10人もいなかった。誰の案内もなく、定期船のスタッフがさっと開けてくれた灯台の中に入る。人の暮らす気配のない島はどこか寂しく、灯台の中の展示物はよそよそしく感じられた。私以外に誰もいない灯台の中は、時間が止まったようで、私は急いで灯台のてっぺんまで登って、外に出た。風は吹いている。でも、やっぱり灯台も島全体もよそよそしいままだった。

私がしっかり見つけようとしないからか、ホンケワタガモを見つけることも、雛たちが泳ぐ練習をしているのを見ることもなく私は島を後にした。自分たちの場所を見つけてピクニックをしていた家族、鳥を探す老夫婦、おやつを食べながら自分の岩場を見つけて休んでいる人、それぞれが自分の場所を見つけていた。なのに私は…。ムーミンママのことをふと思い出した。壁に絵を描くことはなかったものの、私は茂みから走り出てきたホンケワタガモや、貯水池で泳ぐ練習をしている雛たちの姿、岩場にテーブルを置いてパンケーキを食べたときのこと、桟橋から飛び込んで泳ぎながら手を振って送り出してくれた島のスタッフのことを思い出していた。かつての、この島での様子だ。でもこの寂寥とした感覚を体験できたことは、これはこれで良かった。そんなことを考えて島を後にした。

  

23:43、日が暮れても星が見えないくらい明るい空。これが白夜。

森下圭子