(205)トーベ・ヤンソンとフィンランド芸術の日【フィンランドムーミン便り】

ヘルシンキ美術館で配布されたポストカードは10月末からの展示の案内が

 

8月9日はムーミンの日と日本では呼ばれているけれど、フィンランドは「トーベ・ヤンソンとフィンランド芸術の日」。この日を祝うようになったのは日本の方が早く、フィンランドではまだ突発的にどこかで催しが行われる印象。今年はヘルシンキ美術館HAMが紙の花で花かんむりを作るワークショップをするという。

トーベ・ヤンソンは誕生日に花かんむりを被った。そして10年ほど前、写真でもよく見ていた花かんむりの花がプラスチック製と知って衝撃だった。

たまたま見つけてしまったのだ。「この屋根裏でトーベは『ムーミン谷の十一月』を書いていたのよ。ぜひ上がんなさい」と言っていただき行ってみたら、目のくりくりしたかわいらしい人形の頭に見覚えのある花かんむりが被せられていたのだ。トーベの!と思ったのだけれど、後でプラスチックの花かんむりは二つあることを知った。トーベの母がトーベと幼馴染のアッベにと、ある日買ってきたのだという。私が見たのはアッベのものだろう。屋根裏を案内してくれたのはアッベの未亡人だったから。

美術館のワークショップは予約の必要もなく、誰でも気軽に参加できた。行ってみると、すでに長い列だ。まだ1時間あるし大丈夫だろうと並んでいたけれど、いつまでたっても列は前に進まない。前に並んでいる子連れのお母さんは子どもがぐずり出しているようだった。後ろのおばあさんたちも、スタッフに「番号札を作るとかもうちょっと何とかならないのかね」と言っていて、そこに立って待ち続けることに苛立っている感じがする。おばあさんの一人は、タブレットを取り出して時間を潰していたようだけれど、急にムード歌謡が流れ、ごめんなさいといいながら、情熱的な歌は消えることがなかった。

30分ほど経ったときにスタッフの一人が出てきて、もう皆さんが参加することはできないだろうと私たちに告げた。30分も待ってからのこの一言に、憮然とする人がいたり、お小言が飛び出す人がいたり。それでもすぐに列から離れてしまう人、少し様子をうかがいながら去る人、気が付いたら私の前はあと3人にまでなった。まだ20分ほどある。後ろのおばあさんは「材料だけくれないかしら?」と交渉してみたものの、即答で「ノー」と言われていた。おばあさんのお小言が多かったせいか、スタッフのノーは容赦ない。別のスタッフが見本で作ってあった紙の花を何輪かもってきて欲しい人にと配ったりもした。もし一輪の花を作るだけなら時間もかからないし、ささっと作れるのかもしれない。立ったままでもできるだろう。スペースは十分にありそうだったし提案してみてもよさそうだ。

一輪の紙の花なら。こうして列を作っていた私たちは中に入ることができた。講師がてきぱきと作り方を教えてくれる、そのさなかから勝手に作り出している人たち。もう一輪の花どころではなくなっていて、次々と自己流に花を作る人々がテーブルを囲んだ。紙の長さを確認したり、切込みの細かさを講師に見てもらっているのは私だけだ。うしろに立っていたおばあさんは、アレンジを加えて見本よりも見栄えのよい花を作っていた。少し前まで列で苛つきながら「火災報知器を鳴らしたらみんな外に出るから、その瞬間に入るとかどう?」とか毒入りユーモアを吐いていたおばあさんが、ここへ来て嬉々としている。手芸が好きなのかときいたら、そうなのよと、手の動きを止めることなく答えてくれた。

私は約束通り、紙の花を一輪だけ作って、終わりにした(ひとつめの画像がその時の花)。部屋にいた人たちの花かんむりは、見本からはほど遠く、その個性がなんとも楽しかった。花かんむりを仕上げるのに平均1時間くらいかけていたそうだ。純粋に花かんむりが作りたいだけで、トーベ・ヤンソンだからという訳でもない人たちもいるようだった(後ろのおばあさんもトーベ・ヤンソンやムーミンにそれほど関心がなかった)。

この日、トーベ・ヤンソンのアトリエがあったアパートの前にトーベ・ヤンソン会の人たちが集まっていた。私が到着したときには集まりは終わっていて、玄関口にひまわりの花が何輪か置いてあるだけだった。それは皆が持ってきたものなのか。でも、ここからお墓に行く人たちがいることを思いだし、ひまわりは本来お墓に届けるべきものなのか?とも考えてしまう。ならば一輪手にしてお墓に届けようかと思うものの、持って歩きだしたタイミングで「ドロボー!」なんて叫ばれたり誤解されるのは嫌だなと思うと、ついそんなこともできなくて、私はそのままその場を離れた。

ここにいる人たちのように自己流とか個性的に作ることよりも、ちゃんとしなくちゃと思ってしまいがちな自分。もし〇〇だったらどうしようと思って、閃いた素敵なことが実行できない自分。結局私はそんな私だからムーミンの物語を読み続けるんだろうなと改めて思った。そういう意味ではムーミンの日、トーベ・ヤンソンの日を私らしいやりかたで過ごせたような気がしている。

 

ラクリッツで有名なメーカーの新商品はゼリー菓子に近いグミ。

森下圭子