ムーミン谷に流れる音楽―トーベが描いた魔法を音楽にするために
ムーミン谷に流れる音楽とは、どんなものでしょう? トーベ・ヤンソンが描いたムーミンの物語のようにすでに完成されている世界観は、どのようにして音楽として表現したらいいのでしょうか? 2021年9月、ヘルシンキで開催された「トーベ・フェスティバル」で、ムーミンの音楽に関わる3人のミュージシャンが語り合いました。
作曲家でパーカッショニストのサムリ・コスミネンは、アニメーション『ムーミン谷のなかまたち』の楽曲を担当しました。コスミネンと、作曲メンバーのペッカ・クーシストとヤルモ・サーリは、この音楽を手作り感のあふれるものにしようとしたといいます。
「ムーミンパパが世界中を旅して持ち帰った楽器や、地下室や屋根裏部屋から集めたものたちを使って演奏しているような音を目指したかったんだ」
作曲家でベース奏者のラウリ・ポッラは、現在ムーミンのブランド音楽を制作しています。彼は、ムーミンを音楽として解釈するまでの道のりを、ある種の探偵のような作業だったと表現しています。
「トーベ・ヤンソンは小宇宙を創造したアーティストです。この音楽の目的は、トーベ・ヤンソンが創り出した世界をサポートすること。私たちはトーベが残した、たくさんのイラスト、テキスト、思想を通して、その世界に敬意を払い、ぴったりと合うものを探そうとしています。トーベが描いたビジョンに集中し、彼女の世界の核となるものを乱さず、そこに沿って音楽を作ることが大切なのです」
ラウリ・ポッラが手がけたムーミンの音楽と、2021年にヘルシンキで開催されたトーベ・フェスティバルで初演されたコンサート「ムーミン谷の四季」は、以下の動画で観ることができますよ。
ムーミン・ミュージックを作り出す不思議な楽器
面白いことに、コスミネンもポッラも、ちょっと奇妙な楽器に目がないのです。コスミネンが言うように、「変であればあるほどいいんです」。
「作曲が終わると、いつもそれをどうやって録音しようかと考えるのですが、たいていちょっと変なものを試してみるんですよ。最終的な楽曲に反映されるものより、より変なもの。でも、極端なところから始めなければならないんです」
その奇妙な楽器とは、どんな音なのでしょう? こちらの動画でぜひ聴いてみてくださいね。
コスミネンもポッラも、なぜかヒツジの骨の一部をよく使っています。トーベ・フェスティバルでも、二人はお気に入りのヒツジの骨の部位を持ってきていました。さあ、その顛末は…? この記事の下のトーベ・フェスティバルでの動画をスクロールして、チェックしてみてくださいね。
作詞家としてのトーベ・ヤンソン
スウェーデン語系フィンランド人の歌手で、女優のエンマ・クリンゲンベリは、トーベ・ヤンソンの世界の音楽について独自の視点を持っています。彼女はトーベが書いた歌詞を初めて集め、調査した人なのです。トーベがエルナ・タウロとともにムーミンの舞台の音楽を手がけたことや、よく知られている「秋のしらべ(Höstvisa)」を聴いたことがあるファンはいるかもしれませんが、トーベがどのくらい歌詞を書いていたのかは、研究者にとっても初めて知ることでした。
クリンゲンベリは2年間、トーベの保存されたアトリエを調査し、トーベのバインダーや書類、引き出しの中から音楽に関連する資料を探し出しました。その発見は驚くべきものだったのです!
「それはとても感動的で、人生から大きな贈りものをもらったようでした。おそらくトーベ・ヤンソンの伝記作家であるボエル・ウェスティンは、以前にこれらの歌詞を発見して書いているだろうし、私より前に誰もトーベの書いた歌について調査していなかったなんていうことは本当にあり得るのだろうか、と思いました。でも、誰もしていないことが分かったので、私は仕事に取りかかったんです」とクリンゲンベリは語っています。
クリンゲンベリは、トーベの歌に4つのカテゴリーを見いだしました。まずは、ムーミンの歌。ほとんどのキャラクターが自分の歌を持っています。そして、『Visor till min dam(私の女性への歌)』のような、個人のための歌もありました。それは主にヴィヴィカ・バンドラーへの愛の歌なのですが、アトス・ヴィルタネンに捧げた歌などもあります。また、友人のために書かれたもの、舞台のために書かれたものもありました。
クリンゲンベリが歌う『Snusmumrikens vårvisa(スナフキンの春のしらべ)』の動画はこちら。
※エンマ・クリンゲンベリの調査結果については、tovejansson.comでも詳しくご紹介していますよ。また、ムーミンバレーパークのコケムスの2階でも彼女の歌う、スナフキンの「春のしらべ」と「秋のしらべ」を聴くことができます。
トーベ・フェスティバルでは、この3人、サムリ・コスミネン、ラウリ・ポッラ、エンマ・クリンゲンベリの鼎談がありました。
トーベ・ヤンソンがインスピレーションを与え続ける理由とは何か?
トーベ・フェスティバルでナネッテ・フォルストロームからインタビューを受ける、サムリ・コスミネン、エンマ・クリンゲンベリ、ラウリ・ポッラ。
トーベの芸術は、その死後から20年ほど経った今日に至るまで、なぜアーティストや読者、視聴者にインスピレーションを与え続けているのでしょう? 3人のミュージシャンはそれぞれ見解を語りました。
コスミネンは、「ムーミンの物語がこれほど人気でインパクトがあるのは、個人的な雰囲気がありながら、物語はとても普遍的であること、人間らしい深いジレンマを扱っていて、とても多様で繊細だからなのではないかと思います。私にとっては、登場人物の不完全さや、他者を受け入れるという物語の一面がとても大切でした。そして、トーベはこれらのことをとても感動的に、勇敢に、独創的な方法でやってのけたのです。私たちが当たり前だと思っている北欧のメランコリーは、良い意味でですが、海外ではおそらく少し不思議なものに映るのでしょうね」
エマ・クリンゲンベルグは、トーベの仕事に対する献身的な姿勢に感銘を受けたといいます。「彼女は働くことが大好きで、自分の経験を仕事に取り入れることを恐れませんでした」。クリンゲンベルグは、トーベがヴィヴィカ・バンドラーに宛てた手紙の一節を引用して、こう結んでいます。
「他人の中に自分の強さを見出そうとしても、
それはそこには見いだせないのよ。
強さはあなたの中にあり、あなたが創るものの中にある。
あなたがとても強いこと、私は知ってる。
誰かに満たされるようなものではなく、
みなぎるような強さが必要なのよ。
あなたはきっとそれを手に入れるし、もう決して一人になることはない」
ラウリ・ポッラは、曽祖父であるジャン・シベリウスの言葉を引用して、こう答えました。
「私は決して一人ではない、私には私の音楽があるのだ」。
このトーベ・フェスティバルでのエマ・クリンゲンベリ、ラウリ・ポーラ、サムリ・コスミネンの鼎談の様子はこちら動画でご覧いただけますよ。
翻訳/内山さつき
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