(207)おとぎの国の人形劇【フィンランドムーミン便り】

森の小径の先に昔ながらの赤い小屋が。ここで人形劇が上演されている。

 

おばさんの皮肉で萎縮しているうちに、すっかり姿が見えなくなってしまったニンニ。ムーミンの短篇『目に見えない子』は、そんなニンニがムーミンやしきに連れてこられ、自分の姿を取り戻すまでが描かれている。来年50周年を迎える人形劇団がこの物語を上演するという。観に行こう。

紅葉が美しい森の小径を歩いていく。楓の葉は黄色く染まり、ナナカマドの実は赤く、地面を覆うほどの落ち葉の中からきのこがあちこちで頭を出していた。同じバスに乗っていた小さな男の子とお父さん並みに私もよく立ち止まる。そしてそんな先に見えてきたのは劇場然とした建物ではなく、絵本に出てきそうな赤い木造の小屋だった。

扉を開けると甘いパンの匂いがする。おばあさんの家に遊びにきたような気分だ。子どもたちのうきうきした声も然り。ただ、そこにはいい席を取ろうと子どもたちが列を作って並んでいた。

幕開け。雨で始まる物語は、秋のもの悲しさが漂っていた。舞台に大きな月が浮かぶたび、一日の終わりを私たちは感じる。そして朝が来て、ニンニはまた何かを体験する。お手伝い、遊び……まず足が見えるようになり、少しずつニンニは姿を取り戻していった。三歳以上の子どもたちに向けられた人形劇は、たとえば「皮肉」といった難しい言葉については具体的な例を出すし、音楽や歌で気分や物語の盛り上がりが伝わりやすく工夫されていた。客席の子どもたちは、はじまった頃は目に入るモノをいちいち声に出しがちだったものの、やがて物語の世界に入り込んでいるようだった。

ここにはクラス単位で小学校や保育園からも子どもたちがやってくるそう。そして必要に応じて上演後に話をする場合もあるという。さらに「観劇体験をより深めるために」ということで、たとえば出演者たちが登場人物で特に記憶に残っているセリフが紹介されたり、または「ニンニはどうして姿が見えなくなったの?」、「ニンニの姿はどこから見えるようになった?」、「自分のことが見えてないのかな?って感じたことはある?どうして?」など、みんなで話し合うための話題のヒントなどが書かれた紙も用意されていた。

40分ほどの人形劇が終わりロビーへの扉が開くと、また甘いパンの匂いがした。その匂いと子どもたちの楽しそうな声が重なったときの多幸感。森の中のこんな空間は、少し現実離れしているような気すらした。ここ数年、ニンニの物語は人形劇や舞台になることが増えたし、読み聞かせもあれば、大人たちの間でもよく話題になる。現実はこの物語を必要としている社会で、でもそれを上演している空間とのギャップが、なんとも不思議な感じだった。帰り道はルート検索せずに、次にやってきたバスに乗ってみよう。小さな冒険をしながら徐々に現実の世界に戻っていこう。こうして私は片道40分ほどのところを3時間近くかけて帰宅した。

人形劇『目に見えない子』のサイトはこちら(今年は11月まで上演、年が明けてから上演が続く予定です)
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人形劇『目に見えない子』より photo by Pekka Elomaa

森下圭子