(208)トーベ・ヤンソン、パラダイス展【フィンランドムーミン便り】

アウロラ小児病院の階段壁画。

 

ヘルシンキ美術館HAMでトーベ・ヤンソンの特別展が始まった。タイトルは「パラダイス」。天井が高い大きな空間を使って壁画などの大きな作品を中心にという情報が出て以来、多くの人が楽しみにしていた。そしてオープニングにはいつもより多くの人が集まるだろうとそれなりの準備をしていた美術館の予想を遥かに上回る人たちがやってきたという。予想は900、実際は2000人ほどがオープニングに集まったという情報も聞こえてきた。

オープニングはゆっくり作品を鑑賞する感じではなく、別途足を運び、美術館の方に案内してもらった。「私、あなたに会ったことある気がする」と、彼女が言った。程なくして、8月のフィンランドムーミン便りで紹介した花かんむりワークショップの先生!と判明した。そんな彼女は創る人の眼差しや喜びをなぞるかのように、トーベの作品やトーベの世界を紹介してくれた。

特に彼女が細かく話してくれたのは、大きな作品をトーベがどうやって描いたか、それが分かったということだった。「これはトーベが紙を巻いて保管しておいたものを、初めて広げて公開してるんです」。それはアウロラ小児病院の壁画のためにトレーシングペーパーに木炭で描いた原寸大の線画だった。ケースの中で展示されたその作品には、トーベがクルクルと紙を巻いていた時の空気まで、そこにあるような気がした。

トレーシングペーパーに木炭で描かれた絵は、他の大きな作品でも存在していて、花かんむりの先生はコトカの壁画のそれを見ると、これがどういう役割を果たしているかよく分かると教えてくれた。5月のフィンランドムーミン便りで紹介した保育園の壁画だ。近づいてみると、線画の線に沿って穴がプツプツと開いていた。壁にトレーシングペーパーを貼り、紙の上から木炭の粉(チャコールパウダー)を叩いていく。すると絵の輪郭が、ペーパーの穴越しに壁に点々と印づけられていくのだ。

保育園の壁画で思わずクスッと笑ってしまった眠そうに欠伸している女性も、遊び心でつい加筆したのかなんて想像していた小さな生き物や「こんなところに?」と思わせるムーミン谷の仲間たちも線画で描かれていた。ユーモアも遊び心も、とっさの閃きなんかではなく、緻密に計画されたものだったのかと思うと、そのことにも心を動かされた。パラダイスはすでに存在しているところと考えるより、自分が丁寧に作っていくべき場所なのかもしれない、なんてことを考えながら美術館を後にした。

トーベ・ヤンソン パラダイス展は2025年4月6日まで。

 

コトカ市の幼稚園壁画

森下圭子