ムーミンの物語に描かれる家たち【本国サイトのブログから】
かつて、ムーミンたちは人間の家のタイルストーブの後ろに住んでいた時代がありました。
あるムーミントロールの一家は、ムーミン谷と呼ばれる谷に昔のタイルストーブの家を思い出させるような家を建て、自分たちがいないときでもお客さんがいつでも来られるようドアを開けておきました――。
この記事では、物語に描かれた家々を通して、ムーミン谷の暮らしについてのぞいてみましょう。
ムーミンの最初の小説『小さなトロールと大きな洪水』は、ムーミン一家がムーミン谷にあるムーミンやしきへとたどり着くまでを描いた物語です。ムーミンやしきは物語の中心となる場所ですが、トーベ・ヤンソンの絵本やコミックスには、ムーミンやしきのほかにもさまざまな家が描かれているんですよ。
ムーミンやしきはムーミンパパが自分自身で建てました(ムーミンパパはそのことをとても誇りに思っています)。ムーミンやしきは洪水で流されてしまいますが、幸運にも美しい谷に流れ着きました。そこが、後にムーミン谷として知られるようになった場所なのです。ムーミンやしきにはムーミン一家が住んでいますが、訪れる人のためにいつでも扉は開かれています。
「なんとわくわくするアイディアでしょう。自分で建てる家、しかもわたしだけの家です!」
『ムーミンパパの思い出』(小野寺百合子訳/講談社)より

ムーミン谷のさまざまな家
「ここにひとりのムーミンがいる。場所があるなら家を一軒建てることは、いわずと知れたことです」
『ムーミンパパの思い出』(小野寺百合子訳/講談社)より
ムーミンやしきがどんな形をしているのかは、多くの人が知っていますね。青くて円筒形で、細長いムーミンやしきは、かつてムーミントロールたちが暮らしていたタイルストーブを彷彿とさせます。
「わたしは棒をひろって、砂の上に家の絵をかきはじめました。ためらうことはなんにもありません。ムーミンの家はどんな形のものか、わたしはちゃんと知っていたのです。背が高くて、はばはせまく、バルコニーや階段や塔がついているのですよ。
二階には小さな部屋を三つと、なんにでも使える、いわゆる物置部屋を、一階は、大きな品のよい居間一間にしました。ほかに、ガラス張りのベランダを作って、そこにロッキングチェアを置いてすわり、そばに大きなジュースのコップとサンドイッチをならべて、小川の流れをながめようと思ったのです。ベランダの手すりには、松ぼっくりのもようをきれいにほることにしました。とんがり屋根は、たまねぎ形の美しい玉でかざり、ゆくゆくは金色にぬりあげるつもりでした。
わたしは、むかしふうのタイルストーブの扉をどう作ろうか、長い間考えました。ムーミンがタイルストーブの奥でくらしていたころのおもかげを、残したかったからです。思案のあげく、真鍮の扉はあきらめて、かわりに大きなタイルストーブを居間に置くことに決めました。」
『ムーミンパパの思い出』(小野寺百合子訳/講談社)より
「台所の中は、しびれるように気持ちのいい食べもののにおいで、いっぱいです。いかにも台所らしくなりました。
安心してまかせておいて、すっかりめんどうをみてくれる部屋、ひみつをいっぱいためた、家の中の心臓。安心と安全のみなもとが、この部屋なのです。」
『ムーミン谷の十一月』(鈴木徹郎/訳 講談社)より

「だれでも、すっかり安心していられる谷なんだよ、あそこは。目をさますときはうれしいし、夜寝るのもたのしいのさ。木登りするのによい木があって、そこに家を建てようと思ってるんだ。きみには見せてあげるけど、とっておきのひみつの場所だってあるんだよ。ママは花壇のまわりぜんぶに貝がらをならべたし、ベランダには、いつも日があたっててさ。あそこは、よいにおいがするよ。それから、ぼくたちの橋もあるんだよ。パパがこしらえたんだ。手おし車だって通れるほど、大きな橋さ。ぼく、海も見つけたよ。そのへんはぼくたちの海で……」
「ムーミントロールは、自分の行ったこともないよその土地が、どんなにすてきかってことばっかり、まえに話してたじゃないか」
スニフがつっかかると、
「そうさ、まえはね」
と、ムーミントロールは答えました。
『ムーミン谷の彗星』(下村隆一/訳 講談社)より
ムーミン谷に住んでいるのはムーミンたちだけではありません。ムーミン谷とその周りには、ヘムレン、フィリフヨンカ、ホムサ、リスやイヌ、ネコなどたくさんの生きものが暮らしています。
ムーミンの最後の小説『ムーミン谷の十一月』にトーベが描いた地図を見ると、ムーミン谷のすぐそばには、さまざまなキャラクターたちが暮らす谷がいくつもあることがわかります。フィリフヨンカの谷や、ヘムレン、ミムラ、ガフサなどが住む「集落のはずれ」は、ムーミン谷を囲む山々の後ろに位置しています。
「海のほとりには、山にはさまれた谷間が、いくつもいくつもあります。海をとりまいている山々は、海ぞいに大きくぐるりとまがりながら、岬になったり、入り江を作ったりしています。そして山すそは、荒れ地へと深く入りこんでいくのでした。
その中には、ひとりぐらしのフィリフヨンカが住んでいる谷があります。」
『ムーミン谷の十一月』(鈴木徹郎/訳 講談社)より
「大きな家も小さな家も、みんなくっつきそうにならんでいました。なかにはほんとうにくっついてしまっている家々もあって、屋根も雨どいも、ごみ箱まで共同でした。窓からとなりの家の中がまる見えで、たがいの食べもののにおいまで、よくわかりました。
同じようなえんとつと高い屋根と、井戸のつるべがならんでいる下には、家々をつなぐ、すりへった道がありました。」
『ムーミン谷の十一月』(鈴木徹郎/訳 講談社)より

ムーミンの世界では、すべての住まいが「家」というわけではありません。例えばスナフキンはテントに住んでいます。そのテントは「外は明るい日の光がふりそそいでいるような気持ちになれる」、「夏を思わせるような緑色」です。じゃこうねずみはかつて橋の下の穴に住んでいたのですが、『たのしいムーミン一家』で洞窟に引っ越します。
「パイプたばこと、土のいいにおいがします。とても気持ちのいいにおいです。寝ぶくろのわきの砂糖の木箱の上に、ろうそくが灯っていました。ゆかには木ぎれがいっぱいちらばっていました」
スナフキンのテントの様子『ムーミン谷の十一月』(鈴木徹郎/訳 講談社)より
ムーミンやしきの扉はいつも開かれています
ムーミンやしきは、ムーミン谷の生きものたちのサンクチュアリと言えるでしょう。昼でも夜でも、誰もがあたたかく迎え入れられ、ムーミンママは疲れた旅人たちのためにベッドを用意してくれます。ムーミン谷のならず者、スティンキーでさえ、警察署長さんの掃除機を盗もうとした後に戸棚にかくまってもらっているのです。
(でもね 、ムーミンやしきにお客さんや親戚が押しかけたときは、ムーミントロールも頭を抱えてしまって、帰ってもらうようにあの手この手で頑張ったことを忘れてはいけません……、ムーミントロールがよく知っているように、誰だってときどきは自分のベッドで眠る必要があるのですから)
「ムーミントロールのパパとママは、ちっとも怒らないで、いつでもどんな友だちでもむかえてくれました。ベッドをこしらえ、食事のテーブルに席を作ってくれるのでした。
そんなわけで、ムーミンやしきはいつもにぎやかでした。だれでも好きにやっていましたし、明日のことなんかちっとも気にかけません。」
『たのしいムーミン一家』山室静/訳 講談社)より

ムーミン一家は、とても親切なことで知られています。ありとあらゆる種類の生きものが――ときにはトラだって――、両手を広げて歓迎されるのです。もし、誰かの誕生日だったら、ムーミンママはきっとみんなが楽しめるようにケーキを焼いてくれるでしょう。
「ムーミンママが、バルコニーの手すりから乗り出して、
『おはよう!』
と、大声であいさつしました。
『おはようございます!』
ホムサは必死に、さけびました。
『ぼくたち、おじゃましてもかまいませんか? まだ、早すぎます? お昼からにしましょうか?』
『すぐ、いらっしゃいよ! わたしは、朝のお客さんが好きなのよ』
と、ムーミンママがいいました。
『ムーミン谷の夏まつり』下村隆一/訳 講談社)より
「あの橋の下にあなたが住んでいらしたとは、まったくぞんじあげませんでした。どうぞ、中へお入りください。家内がどこかにベッドの用意をしますから」
『ムーミン谷の彗星』(下村隆一/訳 講談社)より
「ムーミン一家に感謝の気持をしめして、三十秒間、せいしゅくにしてください。ぼくたちは、あのひとたちの食料を――つまり、食料の残りを食べているんです。あの人たちの木の下を歩き、おおらかさや友情、生きるよろこびといった、あのひとたちの作ったふんいきの中にひたってくらしているんですからね。一分間、ごせいしゅくに!」
――ヘムレンさん『ムーミン谷の十一月』(鈴木徹郎/訳 講談社)より
家を家たらしめるものとは?
ムーミン一家は水あび小屋も持っていて、冬の間はトゥーティッキと8匹の小さなすがたの見えないとんがりねずみたちが住んでいます。初めて冬に水あび小屋を訪れたムーミントロールは、何もかもが同じように見えても、何かが変わっていることに気づきます。そこに住む者たちそれぞれの心がその空間に映し出されているからなのです。
「なにもかも、夏と同じです。でも、部屋のようすが、ふしぎとどこかちがっていました。」
『ムーミン谷の冬』(山室静/訳 講談社)より
「水あび小屋まで足をのばして、いたんだ細いドアをギーッと開いてみました。かびくささや、海草のにおい。すぎ去った夏の、気がめいってくるにおいが立ちこめています。
(ああ、家ってやつはどれもこれも……)」
『ムーミン谷の十一月』(鈴木徹郎/訳 講談社)より
ムーミン一家がムーミンやしきを不在にしているときのことが描かれる『ムーミン谷の十一月』で、一家を知る人たちがムーミンやしきを訪ねてきたときにも、同じことが起きています。すべてが以前と同じなのに、何かが違うのです――つまり、その家の中心とも言える、家族が欠けているからです。
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ムーミントロールの見た冬―トーベ・ヤンソンが描いた冬の美しさ―
翻訳/内山さつき