(140)新アニメシリーズと遺伝子
日本でムーミンバレーパークがオープンする少し前、フィンランドは別のムーミンバレーで(ムーミン谷)沸いていた。新アニメのシリーズ『ムーミン谷のなかまたち』が、フィンランドでは『ムーミン谷』というタイトルで、2月の終わりから放送が始まったのだ。
フィンランドの公共放送YLEが過去最高額の番組製作費をつぎ込んだ『ムーミン谷』。約30年前のムーミンシリーズが最近まで繰り返し放送され、これ以外のムーミンなんて考えられないとまで言われていた。そこへ敢えて作った新シリーズ。楽しみというよりも、不安な人が多かった。
ところが第一話の放送後、インターネットで視聴できるYLEのサイトでは、記録的な閲覧回数を叩き出した。視聴数は、もう子供番組と比較するのでなく、スポーツイベントなどと比較するレベル。私じしんドキドキしながら友人たちと見たのだけれど、声優たちが新しくなったことで違和感が出るかと思いきや、以前のようにミイだけが突出している感じでない、それぞれが作り出す声によって生まれる調和が心地よく、そして新しい技術によって、ムーミンの毛の触感までが分かるような瞬間に思わずキュンとしてしまったり。
テレビ放送は月曜夜8時。子供番組によくある朝や夕方ではない。皆がおのおの自分の見たいテレビや動画を見る時代にあって、もう一度家族でテレビを見る時間を、テレビを見ながら家族が話をする時間をという願いが込められているのだという。
このアニメがどう誕生したか。YLEはそのメイキングのドキュメンタリー番組も放送した。イギリスのアニメ制作陣が作ってきたフィリフヨンカさんの家の内装に変更が入る。指示したのはムーミンの作者トーベ・ヤンソンの姪でムーミンキャラクターズ社の会長でもあるソフィア・ヤンソンだ。
フィリフヨンカさんの家の内装はいかにもきれい好きの、きちっとした人らしい無駄のないデザインだった。これに対してソフィアは「フィリフヨンカは単なるきちんとしたきれい好きとは違う。そんな一面的な人ではなくって。彼女がきちっとしてるのは、自分の中のカオスと折り合いをつけるためなの」と言った。フィンランドの人たちは、これを観ながら「よく言った!」などと大喜びしていた。そう、たぶんフィンランドの人たちは、こういうことを基本的に感じながら生きている。
ドキュメンタリーでは、イギリスの制作陣がフィンランドにやってきて、ムーミン美術館やトーベ・ヤンソンが幼少の頃から夏を過ごした群島ペッリンゲの島々を訪れた様子も紹介された。ムーミンというのは、フィンランドの人たちの遺伝子に組み込まれているのだと思うと語った人がいた。
トーベの愛したペッリンゲに行くと、今もなお、人が繊細で複雑な部分を隠さず素直に見せてくれているような感じを覚える。フィリフヨンカのような人がいる。自然だけでなく、人もまた、ムーミンその他のトーベの作品に登場する人びとを彷彿とさせる。今年にはいり、トーベに近かった大切な友人、トーベの弟、島の顔役のような人物が亡くなった。島の人と故人の話をすると、やっぱり寂しさが先にこみあげてきてしまう。でも島は生き続ける。今もなお、ムーミンの気配を感じさせ、そして暮らす人々もまた、トーベの作品の中からでてきたような懐かしさを思わせる魅力がある。
森下圭子