この女の子は誰?
「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」が、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)で大好評開催中です。駅や雑誌などでも目にする、このキービジュアル、にぎやかで素敵ですよね! ムーミントロールにスナフキン、リトルミイ、ミムラねえさん、スニフ、スノークのおじょうさん、ニョロニョロと、おなじみの人気キャラクターに加え、あまり見たことがない不思議なキャラクターの姿も……。では、ここでクイズ! ムーミントロールとスナフキンの間にいる、エプロン姿の女の子の名前は?
答えの前に、この絵について少しご説明しましょう。あまり見かけた記憶がないな、と思ったかもしれませんが、それもそのはず。これは、小説にもコミックスにも登場しない場面で、1956年、フォーレニングス銀行の広告のためにトーベ自身が描き下ろした絵なんです。広告は10回にわたってフィンランドのスウェーデン語新聞に掲載され、後に冊子にもまとめられました。ムーミンが花の配達などをしてお金を貯め、銀行に預けようとする、オリジナルのストーリー展開になっているそうです。
今回のムーミン展には、過去最大級の500点もの原画やスケッチ、貴重なグッズコレクション、写真などが展示されています。おなじみの小説の挿絵の原画はもちろん必見ですが、この広告のように、あまり知られていない幻の作品も多数。広告のためのスケッチ、完成した原画のコピー、新聞広告と、トーベの構想が印刷物になっていく過程をうかがい知ることができます。
トーベ・ヤンソン フォーレニングス銀行 広告 1956年 印刷 ムーミンキャラクターズ社
ちなみに、この広告の下のほう、貯金箱らしきものを抱えて走るムーミンとスナフキンたちの絵、どこかで見たことがありませんか? ムーミンバレーパークだけで買えるムーミンバレーパーク限定マグ byアラビアにも使われた絵なんです。広告とマグの左端に小さく、エプロン姿の女の子がいますね。余談ですが、新鮮な絵柄と限定販売という魅力で、あっという間に一時完売となったこのマグ。入荷してもまた品切れになってしまう可能性はありますが、継続して販売の予定があるそうですからご安心くださいね。
さて。エプロン姿の女の子、彼女はミーサといいます。種族名もミーサです。小説『ムーミン谷の夏まつり』を読んだことのある方なら、ミーサという名前に聞き覚えがあるかもしれません。ムーミン谷が洪水に見舞われ、ムーミン一家が流れてきた劇場に避難したとき、いっしょに移り住むのがミーサとホムサです。
でも、この絵の女の子はエプロンをしているので、コミックス「ふしぎなごっこ遊び」に登場する、ムーミン家のお手伝いさんのミーサだと思われます。英語読みでミザベル、ミーサンと呼ばれることも(ミーサがミーサンになるのは、ヘムルがヘムレンになるのと同じ理屈です。気になる人は「スウェーデン語 文法」とか「スウェーデン語 名詞 定形」で調べてみましょう!)
お隣のフィリフヨンカから「お手伝いを頼みなさいな」と言われたムーミンママ。たくさんの応募のなかからたまたま選んだのが、小さくて怖がりなミーサの手紙でした。ムーミン家にやってきたミーサは、歓迎の花火にふっ飛ばされそうになったと怯えたり、水玉の壁紙は自分のソバカスへのあてこすりだと言い出したり。ムーミン一家はそんな彼女を元気づけようと、なんでも楽しい“ごっこ遊び”にしてみせます。陽気でマイペースなムーミンたちのおかげで、ミーサの気持ちにも変化が……。
フォーレニングス銀行広告に、なぜミーサが顔を出しているのかはわかりません。この広告はトーベが唯一、仕事をしてお金を稼ぐムーミンの姿を描いたものだといわれています。コミックスでは、ムーミンとスニフがあやしいものを売ろうとしたり、占い師に扮してお金を稼ごうとしたり、スノークのおじょうさんが秘書として働いたりしますが、儲かったようすはありません。そもそも、ムーミンの世界でお金がどんな価値をもつのかは、とてもあいまい。新版が発売されたばかりの小説『ムーミン谷の彗星』には、旅の途中のムーミンたちが売店で買い物をしようとするシーンが出てきます。ほしいものを選んだ後で、お金を持っていないことに気づいたムーミンたち。売店のおばあさんがどんな粋なはからいをしたかは、ぜひ原作をお読みください。
もしかしたらミーサは、働く女の子のひとりとして、お給金を預けようと銀行にやってきたのかもしれません。それとも、友だちとしてムーミンを見守っているのでしょうか。トーベ・ヤンソンが描いたムーミンの世界には、まだまだ謎や知られざるエピソードがたくさん残されています。過去に日本国内で開催されたムーミン展やタンペレのムーミン美術館に行ったことがある人も、“これまでにないムーミン原画展”にぜひ足を運び、ご自身の目でトーベの肉筆を見て、新しい発見をしてくださいね。
萩原まみ
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