(160)ムーミン世代

以前ムーミンショップで働いていた高校生がモデルとして注目されるようになってパリのファッションウィークで活躍するまでになったとき、ムーミンは日本のヘアメイクアーティストとの大切なコミュニケーションのきっかけになったと話していた。確かにムーミングッズを持っていると、初めての人たちとの仕事でも、場を和らげるきっかけになってくれる。

映画『TOVE(トーベ)』が公開から好調なスターを切ったという話を先月書いたけれども、実はその直後、つまり3週目から観客動員数は1位をキープしている。さらに今月、米国アカデミー賞の国際長編映画賞へフィンランドからの選出が『TOVE』に決まった。こんな時に時々思い出すのは私がフィンランドに来たばかりの頃、90年代後半のことだ。当時はムーミンを読んだことのない人のほうが圧倒的に多かったし、ムーミンの知名度は高くても、キャラクターグッズというもの自体をあまり見かけないフィンランドでは、ムーミングッズもほとんどなかった。

少し前、今年ちょうど30歳になる人たちと仕事をする機会があった。この世代、実は物心ついた頃からムーミンアニメとともに育った人たちなのだ。車での移動中、CMやMVなど映像の仕事をしている彼らが、突然ムーミンアニメの物まねを始めたのだ。

日本で平成ムーミンとも呼ばれる90年代のムーミンアニメは、フィンランド語の美しさが評判になった。普段の言葉遣いは今風の若い男の子たちなのに、そんな彼らがムーミンの中にでてきたセリフをいくつもいくつも暗記しているのだ。いや、暗記というより体に染み付いてるといっていいのかもしれない。ムーミントロール、スニフ、ムーミンパパ、ムーミンママ、次から次へといろんなキャラクターの声色とテンポのセリフがでてくる。

詳しく話を聞いてみると、彼らだけが特別ムーミンが好きな訳ではなく、大人になってもムーミンワールドで誕生日を祝ってみたり、普段からこんな風にときどきムーミンアニメの真似をして遊んでるんだという。そういえば、この夏ムーミンワールドでフィンランドの若い大人のカップルやグループをずいぶん見かけると思ったけれど、そういうことなのか。

トーベ・ヤンソンが若いころに画家として作品を展示することが何度かあったタイデハッリ美術館で、現在ルイユ織りの企画展が開催されている。ルイユ織りとは麻の経糸に例えば毛糸を一目一目結んで模様を出すノット織りで、フィンランドの伝統的手仕事のひとつ。とくに昔は嫁入り道具の一つに数えられていた。

フィンランドのルイユ織りの歴史を追っていき、いよいよ現代に入ってきたとき、そこにはムーミンの絵をモチーフにした作品がひとつ展示されていた。ちょっと気になって何年生まれの作家なのチェックしてみたら1991年生まれ。案の定、物心ついたころからムーミンで育った世代だ。

ムーミンをモチーフにした、またはムーミンにインスパイアされた芸術作品。さまざまな分野でこれからもっと登場するのかもしれない。想像するだけでも楽しい。そしてそんな人たちのほとばしるムーミン愛が聞けたらいいなあと思う。

そろそろ本格的にクリスマスプレゼントを探す時期。私のお気に入りのひとつは、このボクサーパンツ(女性でも大丈夫)。なんとも絶妙な絵を選んである。

森下圭子