ムーミンやしきとムーミンの日2021

今年も8月9日ムーミンの日がやってきました。オリンピック閉会式の翌日とあって世間はクールダウンモードかもしれませんが、ムーミンファンには熱い一日。今年は山の日の振替休日ですから、ぜひみんなで盛り上がりましょう!
昨年から始まったライブ配信は今年も「ムーミンバレーTV2021」として実施。ムーミンバレーパークのクリエイティブディレクターである小栗了さんが総合司会を務めます。会場に行けない方、遠くにお住まいの方、どこにいてもムーミンの日が楽しめますね。
8月9日11時30分の放送開始前に【公式】metsa ムーミンバレーパーク_メッツァビレッジ-YouTubeのチャンネル登録をお忘れなく!

さて、今年のムーミンの日のテーマは「tolerance=寛容さ」限定グッズなどのキービジュアルには、「tolerance=寛容さ」の象徴としてムーミンやしきが使われています。

青い壁と赤いとんがり屋根がパッと目を引くムーミンやしき(英語ではムーミンハウス)。ムーミン公式サイトのキャラクター紹介でも、登場人物と同じような扱いで項目が設けられているほど、親しまれている存在です。
ムーミンバレーパークやフィンランドのムーミンワールドでも、来訪者の目にまず飛び込んでくるのはムーミンやしきですね。

でも、原作のムーミンやしきはムーミン谷のあの場所に建てられたものではないってご存知でしたか? それに、その設定には多くの謎や矛盾が含まれているのです。

最初のムーミン小説『小さなトロールと大きな洪水』ムーミンパパは、家族で住むための素晴らしい家をすべて自分で建てた、と語ります。その家には、空のような青い部屋、お日さまのような金色の部屋、水玉もようの部屋、屋根裏にはお客さん用の部屋と、四つの部屋がありました。
ところが、その家は洪水に流され、ムーミンパパは家族と離ればなれに……。

物語の終盤、一家は無事に再会を果たし、小さな谷にやってきます。どこよりも美しい谷の草地の真ん中に、青いペンキで塗られたタイルストーブそっくりの家を発見! パパの建てた家が流れ着いていたのです。

このときの挿絵では二階建てで、こじんまりとしています。

第2作『ムーミン谷の彗星』を見てみると、縦長にはなっていますが、窓の数は変わっておらず、まだ二階建てのように見えます。

第3作『たのしいムーミン一家』の地図に描かれている間取り図も二階分しかありません。

一階にはヘムレンさんの部屋、じゃこうねずみの部屋、トフスランとビフスランの部屋、二階にはスニフの部屋、スノークスノークのおじょうさんの部屋、スナフキンムーミントロールの部屋もあります。
このお話ではスナフキンもムーミンやしきで越冬しているので、各自が割り当てられて暮らしていた部屋というより、冬眠に就いた部屋ということかもしれません。

しかし、この間取りを現実的に考えてみると、一部屋一部屋がかなり手狭。そのため、アニメ作品やグッズにおいてはそれぞれ独自のアレンジや工夫が凝らされました。

現在、グッズのなどの基本になっているムーミンやしきの姿はこんな感じ。窓は三階分、さらにその上に屋根裏部屋の出窓があります。

カラーだと、この配色がおなじみですね。
デアゴスティーニ・ジャパンの大ヒットシリーズ「ムーミンハウスをつくる」も、この絵を忠実に再現することをめざしました。

 

 

では、いったいどのタイミングでムーミンやしきは増築されたのでしょうか。

キャラクター紹介には「ムーミンやしきは当初は二階建てでしたが、あまりにも大勢のお客さんが出入りするので、すぐに窮屈になってしまい、三階建てに増築。屋根裏部屋や地下室もある、とても立派な家になりました。」と書いたのですが、実は原作にはそのくだりは明記されていません。

ただ、そもそもムーミンやしきはパパがひとりで建てたものであり、水あび小屋を作ったり、ベランダを修繕したりする描写が出てきますから、パパが手を加えたと考えて間違いはないでしょう。

文章で説明がないだけでなく、ムーミンやしきを描いた挿絵も意外に少ないのです。

三階建てらしき姿が確認できるのは、1952年出版のムーミンシリーズ初の絵本『それから どうなるの?』
こちらはページの一部を切り抜いて、次のページが見える仕掛けのため、扉の部分が空白になっていますが、その上に二階と三階の窓があります。外壁の色が白で屋根が黄色なのは、太陽を浴びて輝いている演出でしょう。

1954年出版の第5作『ムーミン谷の夏まつり』で、ムーミンやしきは火山の影響で水に沈んでしまいます。手前の迫りくる水流に力点が置かれ、建物はざっくりと描かれていますが、三階建てのように見えますね。

同じく1954年から連載が始まったムーミン・コミックスの第1話『ひとりぼっちのムーミン』(筑摩書房刊/第14巻)に出てくるムーミンやしきも三階建てです。

しかし、ムーミンの日のキービジュアルの絵と見比べると、窓の配置が異なるような……。
このエピソードではスティンキーがムーミンやしきをかじって(!)破壊してしまうので、何度か建て直されている可能性もあるかもしれません。

また、よく「ムーミンやしきには鍵がない」と言われるのですが、コミックス第3巻『ムーミン、海へいく』で長期留守にする際、施錠をした上で、「鍵は階段の下に」と張り紙をしておく様子が描かれます。
これは、トーベ・ヤンソンが夏を過ごしたクルーヴハルの小屋で実際にしていたことと同じ。鍵は掛けておくけれど、嵐を逃れて上陸した人が扉や窓ガラスを割らなくても室内に入れるようにと鍵を下げておいたのだそうです。そんなトーベの島での様子は10月1日公開の話題の映画『TOVE/トーベ』でもチラッと見ることができますよ。

建物の設定には違いや矛盾があるとしても、どの作品、媒体においても不変なのは、ムーミンやしきが誰に対しても門戸を開いている、ということ。
ただし、例外がないわけではなく、『たのしいムーミン一家』には住人たちに危害を加えるかもしれないモランを警戒して、玄関扉をソファーなどの家具でふさぎ、武器を手に取って備える場面が出てきます。

このとき、ムーミンたちはモランに対して「寛容」だったとはいえないかもしれません。先にムーミンやしきに滞在していた小さなお客さま、トフスランとビフスランがモランに怯えていて、あたりを凍りつかせてしまうモランが恐ろしかったからです。
それでも、一方的にモランを悪者扱いするのではなく、公正を期するために、厳格な性格のスノークが中心となって裁判を開き、ひとりぼっちのモランの気持ちをスニフが代弁しました。

ムーミンの物語において、ムーミンたちとは異質な存在のモランやニョロニョロの描写は、巻を追うごとに変化していき、第8作ムーミンパパ海へいく』ではモランとムーミントロールの交流が描かれます。

揺るぎないはずのムーミンやしきひとつとってみても、こんなに描写に幅があり、多様な解釈が成り立ちます。そんなところからも「tolerance=寛容さ」が感じられるムーミンの世界。暑くて、しんどいことも多い2021年の夏ですが、自分の心に浮かぶ理想のムーミンやしきに思いを馳せ、ひんやりクールなモランと戯れることでも夢見て、ゆるっと乗り切りましょう。

萩原まみ