ムーミンパパのたまご探し
2020年のイースターは4月12日。本来はキリストの復活を祝う宗教的な行事ですが、日本では春のイベントのひとつとして楽しまれるようになってきました。トーベ・ヤンソンも、春のうきうきした気分を伝えるイースターカードのアートワークを残しています。この絵を使った卵型の缶などのグッズもありました。また、4月11日から岩手県立美術館を巡回予定の「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」の限定グッズにも使われています。
イースターのシンボルといえば豊穣の象徴でもあるウサギ、ヒヨコ、春を彩る水仙などの花々、そしてトーベの絵にも描かれているたまご。たまごはじっと動くことがなく、外からは内側の様子がわかりませんが、時が来れば中から新たな命が誕生します。そのことから、死と復活を表すものとされてきたんだそうです。
イースターのお祝いの食卓には、ゆでたまごの殻に色とりどりのペイントを施したイースター・エッグを飾るのが習わし。最近は本物のたまごだけでなく、中におもちゃの入ったチョコエッグも人気を集めています。ムーミンのチョコエッグは日本ではイースターの時期以外も販売されていますが、フィンランドではやはりイースターの前になるとさまざまな種類のチョコエッグがスーパーの店頭を賑やかに彩ります。
食べるだけでなく、たまごを使った遊びもあります。スプーンにたまごを乗せて落とさずに運ぶエッグレース、たまごを割らないように転がしてゴールをめざすエッグロール、そして、庭や室内に隠したたまごを探すエッグハント。このエッグハント、たまご探しが登場するのが、小説『ムーミンパパの思い出』です。といっても、ムーミンの物語に宗教行事であるイースターは存在しません。たまご探しは王さまが百歳の誕生日パーティーに仕掛けた遊びのひとつです。
みなしごホームを抜け出した若き日のムーミンパパ。フレドリクソンと知り合い、海のオーケストラ号で冒険に乗り出します。このお話はムーミンバレーパークのアトラクションでもおなじみですね。
嵐をかいくぐり、オーケストラ号がたどりついたのは、大海にぽつんと浮かんだ大きなはなれ島。王さまが治めるその島で、一行が最初に出会ったのがミムラのむすめでした。いたずらが過ぎて、王さまの園遊会に連れて行ってもらえず、ひとりだけ家に残っていたのです。ムーミンパパたちはミムラのむすめといっしょに園遊会に行くことにしました。それは、王さまが仕掛けたびっくり大会。道中、大きなクモや水が吹き出す湖など、さまざまな趣向が彼らを驚かせ、楽しませてくれます。しかし、なんといってもおもしろかったのはたまご探し! 少し引用してみましょう。
王さまが国民のために考えついたものは、落とし穴や、爆薬や、はがねのばねのついた怪物だけではありませんでした。ほら穴をのぞいてみると、鳥の巣があって、その中には色をぬったたまごや、金箔でくるまれたたまごが入っています。しかも、たまごには一つ一つ美しい色で、数字が書いてありました。わたしが見つけたものには、67と14と890と223と27の数字がついていました。これが王さまの福引の番号だったのです。もともとわたしは競争がきらいでしたが、それは、勝たないとすぐいやになるからです。でも、たまご探しはおもしろいものでした。
ニブリングはたまごをいちばんおおく見つけたのですが、賞品がくばられるまで食べないで取っておかなきゃならないと、この子にわからせるのは、なかなかやっかいでした。フレドリクソンが二番で、わたしはそのつぎでした。ヨクサルは探すのをめんどうくさがり、ロッドユールはなんの秩序もなく、うろうろと探すだけで、このふたりは同じくビリでした。
(新版『ムーミンパパの思い出』講談社刊/小野寺百合子訳/畑中麻紀翻訳編集より引用)たまごを探すだけでも楽しいのに、賞品までもらえるなんて、わくわくしますね! 「これからが本当におもしろいのだよ!」そんな大きな立てふだの先にある緑の野原からは、楽しそうな叫び声や花火の音、音楽が聞こえてきます。配られたジュースを手に、みんなは王さまに挨拶をしに行きました。そしていよいよ、賞品の授与が始まったのです。フレドリクソンは前から欲しがっていた回転のこぎりをはじめ、大工道具などの実用品をどっさりもらいました。ヨクサルとロッドユールがもらったのはチョコレートやヘムルの形をしたマジパンや綿菓子などで、ふたりはそれを一列に並べて食べようとしていました。ところが、ムーミンパパが見つけたたまごの番号はなかなか呼ばれず、まだなんにももらっていません。
最後に、王さまは玉座の上に立ち上がって、こんな話をしたのです。
「(略)われらが百年の知恵で、わしはたまごを三種類の場所にかくした。第一は、あちこち走り回っていれば見つかるような場所で、賞品は食べられるものばかりじゃ。第二は、落ちついて順序よく考えながら探すと見つかるような場所で、この賞品は実用的なもの。ところが第三には、空想でもって探すものが見つかるような場所をえらんだのじゃ。その賞品は、なんの役にも立たんものばかりだわい。」(『ムーミンパパの思い出』)
王さまが読み上げた6つのたまごの番号のうち、なんと5つを持っていたのはムーミンパパでした! パパはいったいどんな賞品をもらったのでしょう?(ちなみに残る1つのたまごを見つけたのはミムラのむすめ。彼女もまたスペシャルなものをもらったのですが、それが何か気になる方は本を読んでみてくださいね)。
27番がおそらく、いちばん立派なものでしょう。それは居間のかざりものであって、サンゴでできた脚の上に、海泡石の電車の模型がのっかっており、二両めの前デッキには安全ピン入れがついていました。67番はガーネットのかざりがついたシャンパンのマドラーでした。ほかの賞品は、サメの歯と、けむりの輪のびんづめと、手回しオルガン用のきれいなかざりがついたハンドルでした。(『ムーミンパパの思い出』)
この海泡石の電車、どこかに出てきたような……。そう、『ムーミン谷の冬』で、ムーミンやしきにやってきた小さなクニット(はい虫)のサロメちゃんが寝起きしていたものです。同書の旧版では“海泡石のトロッコ”と訳されていましたが、新版で“電車”と改められ、『ムーミンパパの思い出』に出てくるのと同じものだということが明確になりました。パパが王さまからもらった大事な海泡石の電車は、ずっとムーミンやしきの居間に飾られていたのです(大切にされていたかはやや疑問ですが)。
ある晩、サロメちゃんは、海泡石の電車の中で目を覚ましました。サロメちゃんは、この電車の後ろの出入り口でくらしていたのです。そこは、あまり寝心地のいい場所ではありません。なにしろムーミン家の人たちは長いこと、ボタンだの安全ピンだのを、この居間のかざりものの中に入れっぱなしにしてありました。でも、はにかみやのサロメちゃんのことですから、気おくれしてしまって、がらくたをどかせなかったのです。
(新版『ムーミン谷の冬』/講談社刊/山室静訳/畑中麻紀翻訳編集より引用)
では、海泡石の電車以外のものがどうなったのか、気になりますよね。思い出の記を家族と友人の子どもたちに語って聞かせていたムーミンパパは、隅の戸だなのいちばん上の棚から、ぴかぴかした長いサメの歯を探し出して、スナフキンにあげました。サメの歯は、スナフキンの父であるヨクサルのお気に入りだったのです。ものに執着しないスナフキンも「すごい歯だなあ」と、寝どこの上に飾ることにしました。
めったに飲まないシャンパンのマドラーは、台所の引き出しのいちばん奥にでもあるんだろ、とパパは言います。ところで、このシャンパンマドラー、王さまを囲む挿絵にも描かれていますが、何のためのものかご存知でしょうか。西洋ではゲップははしたないものとされていたので、シャンパンの泡をわざと消して、ガスを飲み込まないようにする道具だったんだとか。けむりの輪は時がたつうちに消えてしまったそうです。両親に似てきれいなものを集めるのが好きなスニフは、手回しオルガンのハンドルを欲しがります。パパがスニフにプレゼントしたかどうかは、本にははっきりとは書かれていません。残念ながら、今年のイースターは大きなパーティーを開くことができそうにありませんね。でも、もしもお子さんが退屈していたら、家の中でたまごに色を塗ったり、たまご探しをしたり、イースターの遊びを取り入れてみるのはいかがでしょう? 『ムーミンパパの思い出』は風邪をひいてしまったムーミンパパが冒険の日々をノートに綴り、語って聞かせるお話ですから、読み聞かせにもぴったりです。安全な殻の中から新しい命が生まれるように、活気に満ちた日常がまた必ず戻ってくることを信じて……。
萩原まみ